スプートニク・ ショック 教育

公開日: 29.12.2020

コラム 目次 Bit by Bit その他の論文. 第14回 「教育への課題・新しいスプートニク・ショック」 このごろ、情報教育に関係するお話をいくつかうけたまわる。内容はさまざまで、XML普及の動きにむけた情報システム部門へのガイダンス提供へのお求めであったり、CIO/CKOとしての企業情報戦略に携わる方々への教材提供のお求めであったり、また小学生向けの漢字学習や算数学習の機構であったりする。対象者も目標とするところも千差万別と言って良い。 これらのテーマについて考えるうちに「情報教育」の構造の奥深さや、重要さに改めて気づかされる。 今日、盛んに行われているのが、パソコン教育でありインターネット教室である。いずれも操作方法の学習に焦点をあてたものであり、ネットワーク時代に活躍する上で不可欠な技能である。従来の読み・書き・そろばんと同様、今後の社会生活を送っていく上で必要な基礎能力として「義務教育」の一環に組み込まれていくこととなろう。事実、文部省の学習指導要領のなかにおいても、この領域の重要性が指摘されているし、また米国では来年までに、初等段階でのこの種の学習を全小中学校に展開することが政策として進められている。 この種の操作能力を身につけるための学習は、いわゆるハンズ・オンによるトレーニングが主体となろう。その目標とされるのは、誰でも等しくネットワークの利用方法を体得する点に置かれる。ただし、Webの登場を契機として、急速な変化を遂げているソフトウエアやハードウエアにあって、何を対象として操作技術を教えていくかの目標設定が極めて難しいのが現実である。 ましてや、情報戦略に向けた教育となると一層ややこしくなる。まず「戦略」と言う以上、誰もが等しい結果を導くこと自体、意味を失う。戦略立案に際しては、他の競争的立場にある企業との差別化のための(他と異なる)新たな機構を創出できる能力が必要とされるか、または他の企業が考えつかなかった新しいアイデアのもとでの市場創造が必要とされることととなる。実際、新しく脚光を浴びている米国でのネットワーク産業においては、アマゾン・COMをはじめとし、今まで存在しなかった新しい機構を考え出した企業が活躍し、大企業をしり目に大きな市場を開拓しつつある。Yahoo!

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最後に 「教育内容の現代化論争」というテーマを頂き、正直、どこにどんな論争があったのか分からず、自分の不勉強を反省させられた。自分が小学校に通っていた時に、世の中にはこうしたことがあったのだと教えられた。 「真理とされる内容は、理論と方法の変化に応じて変化してゆく。この変化してゆくことが学問知の基本的性格である。ところが、まさにこの性格を喪失し普遍の真理であるかの体をなしているのがとりわけ日本の学校知である。」今井重孝「カリキュラム理論における『知識』の再検討」『カリキュラム研究』第2号年  参考文献を読みながら目が覚めるような今井氏のことばに出合った。  そして、これまで学んできた上田薫氏の「動的相対主義」、または、「知識の二つの相対性」、佐伯胖氏の「真実性の実感」、それらがつながっていく瞬間を得ることができた。  論争は、それを通して物事の成否を正すのではなく(勿論、そうした面もあるが)、そうすることによって新しい見方を得るために行うのではないか。  つまりは、論争から何を学ぶかである。  教室の中で生じる子ども同士の小さな衝突も本来はこの「何を学ぶか」で解決させたい。「どちらが悪かったか」を前面に出してしまって、大きな衝突に変えてしまっている場面もあるのではないだろうか。     現代教育科学(明治図書)11月号 「教育内容の現代化論争」から何を学ぶか.

プレスリリース 採用情報 募集要項 エントリー. プレスリリース 採用情報 募集要項 エントリー. しかり、Netscapeしかりである。日本の新しい社会を担う人材を育成していく上では、このような新しい価値創造を創出できる人間を育成していくことが大切と考える。 人工衛星打ち上げで、当時のソビエトに先をこされた米国では、それまでの科学教育に対して大変な批判が巻き起こったそうである。経験主義教育を主軸に構築された教育体系では「未知なるもの」への対応が困難であり、「解」が既知のものしか教えられない歯がゆさがある。 人工衛星のように人類が初めて取り組む事業に関しては、当然のことながらこれまで認識されなかったさまざまな新しい課題や制約に直面することとなる。このような新しい問題に対しては、経験主義教育だけでは自ずから限界があり、むしろ「ものの考え方」や「現象の本質を見抜く力」を体得できる教育機構が重視されることとなる。 このような意味で、米国ではこれまでの経験主義教育に加えて、「形式陶冶」に主眼をおいた「発見学習」への取り組みが急速に展開されるようになった。いわゆる「スプートニク・ショック」に端を発する年前後の一連のカリキュラム改革運動の展開である。 今日の情報社会への道程が、大げさに言えばこれまで人間が踏み入っていない新しい社会経済構造への転換にあるとすれば、情報教育は、単純にコンピュータの操作を教えることに止まる訳にはいかない。情報教育は米国などの先進国の技術を国内に移転すればよしとするのではなく、技術を発想する能力や、技術を利用して新しい機構を組み立てていく能力を啓発していかなければならないと思われる。特に、何十年もの長きに亘って、情報技術輸入国であり続けている日本は、このような意味での能力開発機構が決定的に欠落していたのではないかと心底心配になる。 情報技術の立ち後れや、ベンチャー企業育成の立ち後れが叫ばれる日本においては、企業セクター側での努力のみを求めるのではなく、教育機構側からの取り組みが必要とされているのではないかと考えるところである。企業側にも教育機構側にも、現実には第2のスプートニク・ショックにさらされているのが今日の状況のように思える。 執筆  菊田昌弘(前代表取締役).

事業内容 事業内容 要素技術 Synergy Suite 事例紹介. 事業内容 事業内容 要素技術 Synergy Suite 事例紹介. ディスクロージャー・イノベーション株式会社 Disclosure Innovation Inc.

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第14回 「教育への課題・新しいスプートニク・ショック」 このごろ、情報教育に関係するお話をいくつかうけたまわる。内容はさまざまで、XML普及の動きにむけた情報システム部門へのガイダンス提供へのお求めであったり、CIO/CKOとしての企業情報戦略に携わる方々への教材提供のお求めであったり、また小学生向けの漢字学習や算数学習の機構であったりする。対象者も目標とするところも千差万別と言って良い。 これらのテーマについて考えるうちに「情報教育」の構造の奥深さや、重要さに改めて気づかされる。 今日、盛んに行われているのが、パソコン教育でありインターネット教室である。いずれも操作方法の学習に焦点をあてたものであり、ネットワーク時代に活躍する上で不可欠な技能である。従来の読み・書き・そろばんと同様、今後の社会生活を送っていく上で必要な基礎能力として「義務教育」の一環に組み込まれていくこととなろう。事実、文部省の学習指導要領のなかにおいても、この領域の重要性が指摘されているし、また米国では来年までに、初等段階でのこの種の学習を全小中学校に展開することが政策として進められている。 この種の操作能力を身につけるための学習は、いわゆるハンズ・オンによるトレーニングが主体となろう。その目標とされるのは、誰でも等しくネットワークの利用方法を体得する点に置かれる。ただし、Webの登場を契機として、急速な変化を遂げているソフトウエアやハードウエアにあって、何を対象として操作技術を教えていくかの目標設定が極めて難しいのが現実である。 ましてや、情報戦略に向けた教育となると一層ややこしくなる。まず「戦略」と言う以上、誰もが等しい結果を導くこと自体、意味を失う。戦略立案に際しては、他の競争的立場にある企業との差別化のための(他と異なる)新たな機構を創出できる能力が必要とされるか、または他の企業が考えつかなかった新しいアイデアのもとでの市場創造が必要とされることととなる。実際、新しく脚光を浴びている米国でのネットワーク産業においては、アマゾン・COMをはじめとし、今まで存在しなかった新しい機構を考え出した企業が活躍し、大企業をしり目に大きな市場を開拓しつつある。Yahoo! コラム 目次 Bit by Bit その他の論文.

第14回 「教育への課題・新しいスプートニク・ショック」

会社案内 会社概要 社名の由来 弊社からの提言 主なお取引先 会社周辺地図. 二面性  子ども中心の経験主義  知識中心の系統主義  戦後日本のカリキュラムの歴史は、この対立の構図が時計の振り子のように繰り返され、引きずられてきた。  明確な区別は論争をうむ。  しかし、どこまでも「論」として存在し、対立構造のまま存在し続ける。  しかし、どうして、そうなのかと考えてしまう。  考える力を育む系統主義は存在するし、知識中心の経験主義だってある。  どちらも相手の全面否定は行わないはず、行えないはずのもの。明確な対立軸を設定することによって、限定し、批判のもとにしていくだけのように思えてならない。  そもそも、対立を前提としての議論に決着はあるのだろうか?  こうしたところから生まれる「論争」に参加できるほど現場の教師に与えられた時間はない。私達(少なくとも私)には、違う世界のように感じられる。  学校教育の内容を法的に決定する学習指導要領。実際の教育内容を具体化している教科書。  時の学習指導要領がどちらの視点に立ち、教科書がどちらの意向の流れに立つものであろうが、我々授業者は、それらを受け入れ授業を行うことに変わりはない。系統主義の良さ、経験主義の良さを、目の前の子どもの実態に合わせてどちらも取り入れながら授業を行っていくことに尽きる。  勿論、理論無しで良いとは思っていない。若い頃は、ある理論をもとにした実践を取り入れてきた。しかし、いつの頃からか自分の実践に合う理論を後付で取り入れるようになってきた。年代と共に変わってきたのはことこれに限ったものではないが、研究者と実践者の違いではないかとこの頃実感するようになってきた。.

教育史の上では、1960年代にアメリカ・日本などの国々でおこったカリキュラム改造運動を「教育内容の現代化」と呼ぶ。初等・中等教育における数学や自然科学などの教育内容を科学・技術革新の時代的要請に応えて行われた。  そのスタートはアメリカのスプートニク・ショック、つまり、ソ連の人工衛星スプートニク1号の打ち上げにあった。それが、各種委員会の発足、国家防衛教育法の成立、カリキュラム・教科書の改造へとつながった。. 教育内容の現代化から  教育内容を現代の文化・科学・技術の進歩に合わせて新しくしていくことは、当然のことと思われる。そうすること自体に問題はないはずである。問題があるとすれば、その方法であろう。  現代化が挫折したかどうかは様々見解があるであろう。仮に挫折に終わったとしても、その反動を学習者中心の教育におかれたことに大きな驚きを覚える。  68年版学習指導要領について佐藤三郎氏は、学習指導要領が性格上特定の教育内容・方法の理論に強く傾斜するわけにはいかないことを述べた上で、疑似現代化をスローガン化したことにあやまりがあったと主張している。  また、77年版については、次のように述べている。 「新教育課程においては内容面では学問上の基本的概念、方法面では探究の過程を通じて学習のしかたが鍛えられるという二つの側面が相互に関連した不可分の関係にあることを忘れてはならない。」(佐藤三郎、現代教育科学1982年2月号)  やはり、内容の現代化は述べられても、方法については述べることができない学習指導要領には無理がある。  実際授業にあたる者としては、佐藤氏の言うように方法についての意味づけが大きい。そもそも方法を抜きにして内容だけで教育を語ることはできない時代になってきていたのである。「何を」はあっても、「どのように」がないために曖昧なものとなっている。.

事業内容 事業内容 要素技術 Synergy Suite 事例紹介. 最後に 「教育内容の現代化論争」というテーマを頂き、正直、どこにどんな論争があったのか分からず、自分の不勉強を反省させられた。自分が小学校に通っていた時に、世の中にはこうしたことがあったのだと教えられた。 「真理とされる内容は、理論と方法の変化に応じて変化してゆく。この変化してゆくことが学問知の基本的性格である。ところが、まさにこの性格を喪失し普遍の真理であるかの体をなしているのがとりわけ日本の学校知である。」今井重孝「カリキュラム理論における『知識』の再検討」『カリキュラム研究』第2号年  参考文献を読みながら目が覚めるような今井氏のことばに出合った。  そして、これまで学んできた上田薫氏の「動的相対主義」、または、「知識の二つの相対性」、佐伯胖氏の「真実性の実感」、それらがつながっていく瞬間を得ることができた。  論争は、それを通して物事の成否を正すのではなく(勿論、そうした面もあるが)、そうすることによって新しい見方を得るために行うのではないか。  つまりは、論争から何を学ぶかである。  教室の中で生じる子ども同士の小さな衝突も本来はこの「何を学ぶか」で解決させたい。「どちらが悪かったか」を前面に出してしまって、大きな衝突に変えてしまっている場面もあるのではないだろうか。     現代教育科学(明治図書)11月号 「教育内容の現代化論争」から何を学ぶか.

子ども観  生活科の植物内容の記録をある学会で発表したときのこと、 「生活科では、一年生なら一年生らしく『アサガオさん倒れないでね。』と支柱を立てるような子に育てたい。発表されたいろんな種の発芽の観察などは、理科の内容じゃないのですか。」  また、教室で子どもたちが話すことばの中に不完全変態ということばを聞いた参観者が、 「そんなむずかしい言葉を教えなくても。」  子どもの疑問に合わせて内容が高度になっていくこと、難しいことばを使うことに不自然さを感じるのは、それぞれの大人の子ども観によるものである。その言葉を使っている子どもがどう思って使っているかではなく、自分の子ども観を子どもに押しつけようとする姿勢が感じられる。  教師の押しつけや、テストに出るからというところにない 「どうして?」という問いや 「だって、その方が簡単だから。」 という子どもの学びの姿を受け入れられないようだ。追究心旺盛な知的な子は、自ら追究したことをことばとともに獲得していく。教師が教えたことだけを覚えていくものではない。  この子ども観の違いを抜きにして経験学習だ、系統学習だと言っても微妙に(実は、かなり)意味合いが違ってくる。.

  • 最後に 「教育内容の現代化論争」というテーマを頂き、正直、どこにどんな論争があったのか分からず、自分の不勉強を反省させられた。自分が小学校に通っていた時に、世の中にはこうしたことがあったのだと教えられた。 「真理とされる内容は、理論と方法の変化に応じて変化してゆく。この変化してゆくことが学問知の基本的性格である。ところが、まさにこの性格を喪失し普遍の真理であるかの体をなしているのがとりわけ日本の学校知である。」今井重孝「カリキュラム理論における『知識』の再検討」『カリキュラム研究』第2号年  参考文献を読みながら目が覚めるような今井氏のことばに出合った。  そして、これまで学んできた上田薫氏の「動的相対主義」、または、「知識の二つの相対性」、佐伯胖氏の「真実性の実感」、それらがつながっていく瞬間を得ることができた。  論争は、それを通して物事の成否を正すのではなく(勿論、そうした面もあるが)、そうすることによって新しい見方を得るために行うのではないか。  つまりは、論争から何を学ぶかである。  教室の中で生じる子ども同士の小さな衝突も本来はこの「何を学ぶか」で解決させたい。「どちらが悪かったか」を前面に出してしまって、大きな衝突に変えてしまっている場面もあるのではないだろうか。     現代教育科学(明治図書)11月号 「教育内容の現代化論争」から何を学ぶか.
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第14回 「教育への課題・新しいスプートニク・ショック」

ディスクロージャー・イノベーション株式会社 Disclosure Innovation Inc. しかり、Netscapeしかりである。日本の新しい社会を担う人材を育成していく上では、このような新しい価値創造を創出できる人間を育成していくことが大切と考える。 人工衛星打ち上げで、当時のソビエトに先をこされた米国では、それまでの科学教育に対して大変な批判が巻き起こったそうである。経験主義教育を主軸に構築された教育体系では「未知なるもの」への対応が困難であり、「解」が既知のものしか教えられない歯がゆさがある。 人工衛星のように人類が初めて取り組む事業に関しては、当然のことながらこれまで認識されなかったさまざまな新しい課題や制約に直面することとなる。このような新しい問題に対しては、経験主義教育だけでは自ずから限界があり、むしろ「ものの考え方」や「現象の本質を見抜く力」を体得できる教育機構が重視されることとなる。 このような意味で、米国ではこれまでの経験主義教育に加えて、「形式陶冶」に主眼をおいた「発見学習」への取り組みが急速に展開されるようになった。いわゆる「スプートニク・ショック」に端を発する年前後の一連のカリキュラム改革運動の展開である。 今日の情報社会への道程が、大げさに言えばこれまで人間が踏み入っていない新しい社会経済構造への転換にあるとすれば、情報教育は、単純にコンピュータの操作を教えることに止まる訳にはいかない。情報教育は米国などの先進国の技術を国内に移転すればよしとするのではなく、技術を発想する能力や、技術を利用して新しい機構を組み立てていく能力を啓発していかなければならないと思われる。特に、何十年もの長きに亘って、情報技術輸入国であり続けている日本は、このような意味での能力開発機構が決定的に欠落していたのではないかと心底心配になる。 情報技術の立ち後れや、ベンチャー企業育成の立ち後れが叫ばれる日本においては、企業セクター側での努力のみを求めるのではなく、教育機構側からの取り組みが必要とされているのではないかと考えるところである。企業側にも教育機構側にも、現実には第2のスプートニク・ショックにさらされているのが今日の状況のように思える。 執筆  菊田昌弘(前代表取締役).

会社案内 会社概要 社名の由来 弊社からの提言 主なお取引先 会社周辺地図. このごろ、情報教育に関係するお話をいくつかうけたまわる。内容はさまざまで、XML普及の動きにむけた情報システム部門へのガイダンス提供へのお求めであったり、CIO/CKOとしての企業情報戦略に携わる方々への教材提供のお求めであったり、また小学生向けの漢字学習や算数学習の機構であったりする。対象者も目標とするところも千差万別と言って良い。 これらのテーマについて考えるうちに「情報教育」の構造の奥深さや、重要さに改めて気づかされる。 今日、盛んに行われているのが、パソコン教育でありインターネット教室である。いずれも操作方法の学習に焦点をあてたものであり、ネットワーク時代に活躍する上で不可欠な技能である。従来の読み・書き・そろばんと同様、今後の社会生活を送っていく上で必要な基礎能力として「義務教育」の一環に組み込まれていくこととなろう。事実、文部省の学習指導要領のなかにおいても、この領域の重要性が指摘されているし、また米国では来年までに、初等段階でのこの種の学習を全小中学校に展開することが政策として進められている。 この種の操作能力を身につけるための学習は、いわゆるハンズ・オンによるトレーニングが主体となろう。その目標とされるのは、誰でも等しくネットワークの利用方法を体得する点に置かれる。ただし、Webの登場を契機として、急速な変化を遂げているソフトウエアやハードウエアにあって、何を対象として操作技術を教えていくかの目標設定が極めて難しいのが現実である。 ましてや、情報戦略に向けた教育となると一層ややこしくなる。まず「戦略」と言う以上、誰もが等しい結果を導くこと自体、意味を失う。戦略立案に際しては、他の競争的立場にある企業との差別化のための(他と異なる)新たな機構を創出できる能力が必要とされるか、または他の企業が考えつかなかった新しいアイデアのもとでの市場創造が必要とされることととなる。実際、新しく脚光を浴びている米国でのネットワーク産業においては、アマゾン・COMをはじめとし、今まで存在しなかった新しい機構を考え出した企業が活躍し、大企業をしり目に大きな市場を開拓しつつある。Yahoo!

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教科中心でも,児童中心でもない カリキュラム

しかり、Netscapeしかりである。日本の新しい社会を担う人材を育成していく上では、このような新しい価値創造を創出できる人間を育成していくことが大切と考える。 人工衛星打ち上げで、当時のソビエトに先をこされた米国では、それまでの科学教育に対して大変な批判が巻き起こったそうである。経験主義教育を主軸に構築された教育体系では「未知なるもの」への対応が困難であり、「解」が既知のものしか教えられない歯がゆさがある。 人工衛星のように人類が初めて取り組む事業に関しては、当然のことながらこれまで認識されなかったさまざまな新しい課題や制約に直面することとなる。このような新しい問題に対しては、経験主義教育だけでは自ずから限界があり、むしろ「ものの考え方」や「現象の本質を見抜く力」を体得できる教育機構が重視されることとなる。 このような意味で、米国ではこれまでの経験主義教育に加えて、「形式陶冶」に主眼をおいた「発見学習」への取り組みが急速に展開されるようになった。いわゆる「スプートニク・ショック」に端を発する年前後の一連のカリキュラム改革運動の展開である。 今日の情報社会への道程が、大げさに言えばこれまで人間が踏み入っていない新しい社会経済構造への転換にあるとすれば、情報教育は、単純にコンピュータの操作を教えることに止まる訳にはいかない。情報教育は米国などの先進国の技術を国内に移転すればよしとするのではなく、技術を発想する能力や、技術を利用して新しい機構を組み立てていく能力を啓発していかなければならないと思われる。特に、何十年もの長きに亘って、情報技術輸入国であり続けている日本は、このような意味での能力開発機構が決定的に欠落していたのではないかと心底心配になる。 情報技術の立ち後れや、ベンチャー企業育成の立ち後れが叫ばれる日本においては、企業セクター側での努力のみを求めるのではなく、教育機構側からの取り組みが必要とされているのではないかと考えるところである。企業側にも教育機構側にも、現実には第2のスプートニク・ショックにさらされているのが今日の状況のように思える。 執筆  菊田昌弘(前代表取締役).

しかり、Netscapeしかりである。日本の新しい社会を担う人材を育成していく上では、このような新しい価値創造を創出できる人間を育成していくことが大切と考える。 人工衛星打ち上げで、当時のソビエトに先をこされた米国では、それまでの科学教育に対して大変な批判が巻き起こったそうである。経験主義教育を主軸に構築された教育体系では「未知なるもの」への対応が困難であり、「解」が既知のものしか教えられない歯がゆさがある。 人工衛星のように人類が初めて取り組む事業に関しては、当然のことながらこれまで認識されなかったさまざまな新しい課題や制約に直面することとなる。このような新しい問題に対しては、経験主義教育だけでは自ずから限界があり、むしろ「ものの考え方」や「現象の本質を見抜く力」を体得できる教育機構が重視されることとなる。 このような意味で、米国ではこれまでの経験主義教育に加えて、「形式陶冶」に主眼をおいた「発見学習」への取り組みが急速に展開されるようになった。いわゆる「スプートニク・ショック」に端を発する年前後の一連のカリキュラム改革運動の展開である。 今日の情報社会への道程が、大げさに言えばこれまで人間が踏み入っていない新しい社会経済構造への転換にあるとすれば、情報教育は、単純にコンピュータの操作を教えることに止まる訳にはいかない。情報教育は米国などの先進国の技術を国内に移転すればよしとするのではなく、技術を発想する能力や、技術を利用して新しい機構を組み立てていく能力を啓発していかなければならないと思われる。特に、何十年もの長きに亘って、情報技術輸入国であり続けている日本は、このような意味での能力開発機構が決定的に欠落していたのではないかと心底心配になる。 情報技術の立ち後れや、ベンチャー企業育成の立ち後れが叫ばれる日本においては、企業セクター側での努力のみを求めるのではなく、教育機構側からの取り組みが必要とされているのではないかと考えるところである。企業側にも教育機構側にも、現実には第2のスプートニク・ショックにさらされているのが今日の状況のように思える。 執筆  菊田昌弘(前代表取締役).

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ソ連が世界初の人工衛星「スプートニク」打ち上げ成功

第14回 「教育への課題・新しいスプートニク・ショック」 このごろ、情報教育に関係するお話をいくつかうけたまわる。内容はさまざまで、XML普及の動きにむけた情報システム部門へのガイダンス提供へのお求めであったり、CIO/CKOとしての企業情報戦略に携わる方々への教材提供のお求めであったり、また小学生向けの漢字学習や算数学習の機構であったりする。対象者も目標とするところも千差万別と言って良い。 これらのテーマについて考えるうちに「情報教育」の構造の奥深さや、重要さに改めて気づかされる。 今日、盛んに行われているのが、パソコン教育でありインターネット教室である。いずれも操作方法の学習に焦点をあてたものであり、ネットワーク時代に活躍する上で不可欠な技能である。従来の読み・書き・そろばんと同様、今後の社会生活を送っていく上で必要な基礎能力として「義務教育」の一環に組み込まれていくこととなろう。事実、文部省の学習指導要領のなかにおいても、この領域の重要性が指摘されているし、また米国では来年までに、初等段階でのこの種の学習を全小中学校に展開することが政策として進められている。 この種の操作能力を身につけるための学習は、いわゆるハンズ・オンによるトレーニングが主体となろう。その目標とされるのは、誰でも等しくネットワークの利用方法を体得する点に置かれる。ただし、Webの登場を契機として、急速な変化を遂げているソフトウエアやハードウエアにあって、何を対象として操作技術を教えていくかの目標設定が極めて難しいのが現実である。 ましてや、情報戦略に向けた教育となると一層ややこしくなる。まず「戦略」と言う以上、誰もが等しい結果を導くこと自体、意味を失う。戦略立案に際しては、他の競争的立場にある企業との差別化のための(他と異なる)新たな機構を創出できる能力が必要とされるか、または他の企業が考えつかなかった新しいアイデアのもとでの市場創造が必要とされることととなる。実際、新しく脚光を浴びている米国でのネットワーク産業においては、アマゾン・COMをはじめとし、今まで存在しなかった新しい機構を考え出した企業が活躍し、大企業をしり目に大きな市場を開拓しつつある。Yahoo!

教育内容の現代化から  教育内容を現代の文化・科学・技術の進歩に合わせて新しくしていくことは、当然のことと思われる。そうすること自体に問題はないはずである。問題があるとすれば、その方法であろう。  現代化が挫折したかどうかは様々見解があるであろう。仮に挫折に終わったとしても、その反動を学習者中心の教育におかれたことに大きな驚きを覚える。  68年版学習指導要領について佐藤三郎氏は、学習指導要領が性格上特定の教育内容・方法の理論に強く傾斜するわけにはいかないことを述べた上で、疑似現代化をスローガン化したことにあやまりがあったと主張している。  また、77年版については、次のように述べている。 「新教育課程においては内容面では学問上の基本的概念、方法面では探究の過程を通じて学習のしかたが鍛えられるという二つの側面が相互に関連した不可分の関係にあることを忘れてはならない。」(佐藤三郎、現代教育科学1982年2月号)  やはり、内容の現代化は述べられても、方法については述べることができない学習指導要領には無理がある。  実際授業にあたる者としては、佐藤氏の言うように方法についての意味づけが大きい。そもそも方法を抜きにして内容だけで教育を語ることはできない時代になってきていたのである。「何を」はあっても、「どのように」がないために曖昧なものとなっている。.

事業内容 事業内容 要素技術 Synergy Suite 事例紹介. 二面性  子ども中心の経験主義  知識中心の系統主義  戦後日本のカリキュラムの歴史は、この対立の構図が時計の振り子のように繰り返され、引きずられてきた。  明確な区別は論争をうむ。  しかし、どこまでも「論」として存在し、対立構造のまま存在し続ける。  しかし、どうして、そうなのかと考えてしまう。  考える力を育む系統主義は存在するし、知識中心の経験主義だってある。  どちらも相手の全面否定は行わないはず、行えないはずのもの。明確な対立軸を設定することによって、限定し、批判のもとにしていくだけのように思えてならない。  そもそも、対立を前提としての議論に決着はあるのだろうか?  こうしたところから生まれる「論争」に参加できるほど現場の教師に与えられた時間はない。私達(少なくとも私)には、違う世界のように感じられる。  学校教育の内容を法的に決定する学習指導要領。実際の教育内容を具体化している教科書。  時の学習指導要領がどちらの視点に立ち、教科書がどちらの意向の流れに立つものであろうが、我々授業者は、それらを受け入れ授業を行うことに変わりはない。系統主義の良さ、経験主義の良さを、目の前の子どもの実態に合わせてどちらも取り入れながら授業を行っていくことに尽きる。  勿論、理論無しで良いとは思っていない。若い頃は、ある理論をもとにした実践を取り入れてきた。しかし、いつの頃からか自分の実践に合う理論を後付で取り入れるようになってきた。年代と共に変わってきたのはことこれに限ったものではないが、研究者と実践者の違いではないかとこの頃実感するようになってきた。.

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  1. 第14回 「教育への課題・新しいスプートニク・ショック」 このごろ、情報教育に関係するお話をいくつかうけたまわる。内容はさまざまで、XML普及の動きにむけた情報システム部門へのガイダンス提供へのお求めであったり、CIO/CKOとしての企業情報戦略に携わる方々への教材提供のお求めであったり、また小学生向けの漢字学習や算数学習の機構であったりする。対象者も目標とするところも千差万別と言って良い。 これらのテーマについて考えるうちに「情報教育」の構造の奥深さや、重要さに改めて気づかされる。 今日、盛んに行われているのが、パソコン教育でありインターネット教室である。いずれも操作方法の学習に焦点をあてたものであり、ネットワーク時代に活躍する上で不可欠な技能である。従来の読み・書き・そろばんと同様、今後の社会生活を送っていく上で必要な基礎能力として「義務教育」の一環に組み込まれていくこととなろう。事実、文部省の学習指導要領のなかにおいても、この領域の重要性が指摘されているし、また米国では来年までに、初等段階でのこの種の学習を全小中学校に展開することが政策として進められている。 この種の操作能力を身につけるための学習は、いわゆるハンズ・オンによるトレーニングが主体となろう。その目標とされるのは、誰でも等しくネットワークの利用方法を体得する点に置かれる。ただし、Webの登場を契機として、急速な変化を遂げているソフトウエアやハードウエアにあって、何を対象として操作技術を教えていくかの目標設定が極めて難しいのが現実である。 ましてや、情報戦略に向けた教育となると一層ややこしくなる。まず「戦略」と言う以上、誰もが等しい結果を導くこと自体、意味を失う。戦略立案に際しては、他の競争的立場にある企業との差別化のための(他と異なる)新たな機構を創出できる能力が必要とされるか、または他の企業が考えつかなかった新しいアイデアのもとでの市場創造が必要とされることととなる。実際、新しく脚光を浴びている米国でのネットワーク産業においては、アマゾン・COMをはじめとし、今まで存在しなかった新しい機構を考え出した企業が活躍し、大企業をしり目に大きな市場を開拓しつつある。Yahoo!

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